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2007.09.20

ダークライ感想

『ポケットモンスターダイヤモンド&パール
 ディアルガVSパルキアVSダークライ』
タイトル長い・・・

10周年作品だけあって
気合が入ってますね~
お絵かきコンクールでは今までの短編の背景を
最初の説明部分では昔の映画を9コマ分割で流していました。
デオキシスのときに似た演出でしょうか。
ここで、カスミが出てきただけで満足。

もう感想といっても、
サトシが「ヒカリ!」と叫んだところで「カスミ!」とマジに幻聴が聞こえたとか、
アンノーンがかわいいとか
個人的な感想ばかり書いてもあれなので・・・

『ポケットモンスターダイヤモンド&パール
 ディアルガVSパルキアVSダークライ』
タイトル長い・・・

10周年作品だけあって
気合が入ってますね~
お絵かきコンクールでは今までの短編の背景を
最初の説明部分では昔の映画を9コマ分割で流していました。
デオキシスのときに似た演出でしょうか。
ここで、カスミが出てきただけで満足。

もう感想といっても、
サトシが「ヒカリ!」と叫んだところで「カスミ!」とマジに幻聴が聞こえたとか、
アンノーンがかわいいとか
個人的な感想ばかり書いてもあれなので・・・

今回のテーマは
時間を司る神ディアルガと空間を司る神パルキアのバトル
その二匹の戦いから町を守るためのシステムと
ダークライの関係といったあたりがメインだと思われます。

そのうち考えてみたいのが
時間の神と空間の神が縄張り争いをすることになるのか、ということ。
ディアルガとパルキアが
次元のハザマで戦うことが今回の事件の発端。
しかし、陸を作ったグラードンと海を作ったカイオーガが縄張り争いをするというのと
ディアルガとパルキアが縄張り争いをするのは
なんだかわけがわからないんだよなぁ~
陸と海であれば、目に見えてわかりますよね
そしてマグマ団の主張「全世界を陸に!」
アクア団の主張「全世界を海に!」というのも理解はしがたいが
想像は付く。

でも、時間と空間となると話は変わってきます。
まず、時間、空間と同じ”○間”という文字だからといって
同じ次元で話を進めてよいのか?
time,spaceやχρόνος,τόπος 

みたいに外国語で考えると
語源が同じかどうかすら怪しい・・・
そんなものどうし戦わせることできるんでしょうか?

なんてのっけから変な話ですみません。
空間認識があるから時間があって、
時間があるから空間の広がりを感じられる。
相互依存関係&食い合う余地がないのに
不思議な世界観を作り出すよなぁ~

ゴーディという科学者兼研究者は
かなりガウディを意識していましたね。
時空の塔はザグラダ・ファミリア、
町並みはローマでしたっけ?
5作目の水の都ヴェネツィアと似通った雰囲気がありました。
というか、サトシが迷い込むところとか
そっくりすぎ(笑)
100年前と今の関係図が複雑で
ゴーディ(かなりの歳)-○-○-トニオ(科学者)
 ↑(知合い)             ↑(幼馴染)
 ↓                   ↓
アリス(5歳ぐらいか?)-○-アリシア
 ↓(助ける)
ダークライ
という感じで、100年前と現在をダブらせながら
ダークライの回りのストーリーが進むのは
今までのポケモン映画ではなかった視点でした。
せいぜいが親子愛くらいにとまっていたのが
ご先祖様を持ち出して、
「歴史は繰り返す」ってところでしょうか。

本当に10周年だけあって
今までの映画に似た部分がいっぱいですね
多分、10年間培った技術を結集したという言い方にすれば
よく聞こえるのだろう(笑)
町並みは水の都(同じイタリアがモデルあるため)
ポケモンバトルはルギア以来でしょうか
           デオキシスのときはレックウザがかなり一方的だったから
アンノーンたちはもちろん結晶塔で使った技術だろうし・・・
細かく見ていけばもっと色々あるとは思います。

なんだか、文章の書き方忘れたかなぁ~
後は山ちゃんが重要そうに出てきておきながらボケキャラだったり、
R団がいつもどおりだったり
まあ、久しぶりのポケモン楽しめました。

DSを忘れたのだけが残念だ
まだ、書ききれていない気はするのですが、
今回の映画では
文字(言葉)の弱さを再確認しました。
文字や言葉に
音楽や絵画のような表現より説得力を持たせるのは難しいよ(笑)

ってなところで、
本当に百聞は一見にしかずです
テーマももっと潜んでいるんだろうなぁ

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ポケモン」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです。
しばらくぶりにきたら更新されていたので、
コメントをば!

時間と空間は確か、哲学における対立概念だったと思います。
哲学においては、
時間的社会⇔空間的社会 のように、
しばしば「時間」と「空間」を、対となる、対比されるべきものとして
扱うようです。
専門的知識がないので、詳しいことはわかりませんが、
「同じ”○間”という文字だから」という理由ではないはずです・・・(汗)

それでは哲学科として哲学的回答を
(あくまで私見ですが)

そもそも「時間」も「空間」も存在しません。
存在するのは「時(過去・現在・未来)」もしくは「世界(空[くう]?)」です。
それでは、「空間」や「時間」とは何なのか?
それは、人間の認識(知り方)の一面です。

例えば、日本にいる11月11日現在の私が
「ブラジルは地球の反対側にある」と言ったとき
自分を中心として「世界」の中の場所を特定している、
すなわち「空間」的認識をしていることになります。

対して、「昨日はよく眠れた」と言うときには
現在の自分を中心として「時」の中の一点を指している、
すなわち「時間」的認識をしていることになります。

歴史的に見ると、「空間」的認識と「時間」的認識はどちらが先かというと、
「空間」的認識のほうが先であるとされています。

我々はよく
「空間」認識として「点Aと点Bは1m離れている」、
「時間」認識として「今から日の出まで1時間ある」
と言う言い方をします。
この二つは似ているように見えませんか?
どちらも同様に単位によって”間(距離)”を測っています。
しかし、1mは目に見えても
1時間は目に見えません。
そこで、1時間を測るために
時計と言う目に見える形に置き換えてあげることになります。
つまり、「時間」認識を「空間」認識に置き換えることで
我々は「時間」を知ることが出来るようになっています。

私が「○間」という言葉で意図していたことは、
”間(距離)”による「世界」や「時」に対する認識です。
そして、使用している言葉が同じと言うことは
往々にしてその概念自体が似通っていることが理由となります。
例えば、「農業」「工業」「職業」のように
「業」には仕事という意味があり、似通った概念に使用されています。
同様に「間」という言葉が使われる
「空間」「時間」も”間(距離)”による人間の認識の一面であるという意味で、似通った概念です。
そこで概念が似通っているという理由から、同じ「間」を使用したと言えます。

長文になり、かつ分かりにくいかと思いますので、
ご希望であればブログの記事として書き直します。

「時間」「空間」に関して自分の考えをまとめるいい機会になりました。
とても楽しいコメント
ありがとうございました!!

ノク太さんは哲学科だったんですね・・・。
では、差し出がましいことを失礼しました(汗)

私は美術科なのですが、
この間のデザインの講義で「時間」・「空間」(哲学)について触れ、
(*講義で使用したテキストに、「時間」⇔「空間」の関係が載っていた)
ディアルガとパルキアの関係、少なくとも、両者を考案した
製作者の側の意図を、前よりは理解できた気がしました。
そうした折、本記事を拝見し、コメントに至ったわけです。
「時間」と「空間」、考え出すと難しいですよね。
低年齢層のポケモンファンは、そのあたりの理解で、
完全に取り残されてる気が・・・・・・。

長文の返信、本当にありがとうございました。
ブログの件は、手が空いたら、でいいです(笑)
ではでは!

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